白州正子の世界
          21世紀への橋掛かり


       信楽MIHOミュ−ジアム



心細くなるような山道を延々走って行きますとようやく超近代的な建物が現れました。そこがMIHOミュ−ジアム、うわさには聞いていたのですが、その規模の大きさには本当にびっくりしてしまいました。その設計が、パリのル−ヴル美術館ガラスのピラミッドのIMぺい氏であることを知ってもうひとつびっくり。古い街並みを大切にするパリにあって、突然現れたガラスのピラミッドに人々も驚いたそうでしたが、当時の大統領はフランスが目指すべき明るい未来への思いをその建物に託したんですよね。そんなことを思い出しながら、大理石ばりの明るく長い美術館の廊下を歩いていきました。

この美術館で「白州正子展」が催されるのが、深い部分でとてもぴったりのような気がして、私の中では、たぶんすごく思い出に残る展示会になるような気がしています。

ところで、わたしが白州正子さんのお名前を知ったのは、数十年前に買った「北大路魯山人」の本の前書きでした。それまでに読んでいた本のほとんどは、魯山人さんの激しい人柄について書かれてはいるものの、魯山人作品の素晴らしさとセットとなって美化されていたものばかりでした。初めて「魯山人」という人を普通の人にひきづり下ろした文章に出あって、正直とっても驚いて、この女性っていったいどんな人なんだろう…と思ったことを思い出します。ところが、この時は「白州正子」の名前まで覚えていなくて、後で白州正子さんに興味を持つようになってから「そういえばこの名前、前に読んだ文章の人」ということで思い出すことになります。

その後「桜」について水上勉さんの本を読みたいと言っていた頃、ある方が「桜なら、白州正子さんの「西行」もいい」と教えてくれたので、また白州さんのお名前が気になりだしたのですが、すぐに読まなかったことでまたしばらく忘れてしまいます。

料理の仕事をしている中で、「職人と芸術家」の違いについてとても興味を持った頃がありました。「プロフェッショナルとアマチュア」の違いについてもでしたが。その時に本屋さんで見つけたのが白州正子さんの「日本のたくみ」という本でした。この本では、物をつくるということはどういうことなのか、自分達が漠然と理想に思っていたようなことが書かれてあったので、いっきに白州さんが好きになりました。その本は、題名どおり「ものづくりに打ち込むたくみ18人」を白州さんが取材しているものですが、白州さんはどの人に対しても、上から評論するようなことはされず、かといって神様のようにあげ奉ることもされず、「たくみの方々」をあくまでも人間として真正面からとらえてらっしゃいました。

この展示会でも、そんな白州さんのありのままの姿を深く紹介していくような内容でしたので、たぶん白州さんを大好きな方が白州さんの精神にそって企画、運営にあたられたのではなかったかなと想像しています。

<展示会パネルより>

−私のお茶−
私はお茶を一度も習ったことはないが、飲むことは好きだし、お茶室の雰囲気もきらいではない。嫌いどころか日本の文化の粋は、あの小さな空間に集約されつくしていると思う。(中略)一期一会とは、私流に解釈すれば、結局自分自身と出会うことである。人の一生は一回こっきりしかない。だから幸福になる事は、人間のつとめであり、責任であると思っている。他人を不幸にして、自分だけが幸福でありえないのは、わざわざつけ加えるまでもない。まろやかなお茶の味は、私に、そういうことを語りかける。それによく似た茶碗の感触も、遠い昔の世界から、そういう言葉を伝えてくる。机の上には、椿一輪。そして、今夜のお客様は、読者である。

−匠たちとの出会い−
私には職人さんの友達が多い。(中略)宣伝だけで実質のともなわない「芸術家」が多い世の中に反撥を感じているに違いないが、それは私の思い過ごしで、はじめから無視しているのかもしれない。それというのも、自分の腕に自信があるからで、黙ってものを創り、もので勝負することが正しいと信じているのであろう。どちらかといえば、貧乏な生活をしているのに、あせらずむさぼらず、実に悠々と暮らしており、その暮らしの中から美しいものが生まれてくる。付き合うほうにとっても、これほどうれしく、生きがいを感じることはない。いくらお金があって、りっぱな家に住んでいても、貧相な暮らしをしている人たちは多いが、彼らほど人生の楽しみを知り、豊かな日々を送っている人々はいないと思う。
                                         
                                   つづく