建久9年(1198年)戌午正月20日ご神体(仏像)を中山神社の祭神として社殿と共に造営した。 明治元年3月、廃仏毀釈の際に、ご神体が仏像であった為、飯泉寺に迎え、中山神社は、金生大明神の神号を廃して仲山神社と改めた。 鎌倉時代、天台宗僧侶であり仏師でもあった僧静意(じょうい)が修行殿堂の途上、当地に立ち留まり、神託をもって仏像を建立し祭神とした。 「金を生むの」ごとく金運招来・商売繁盛他、願い事叶うこと疑い無し。