・・・・・・ 青 い 鹿 ・・・・・
 
  EPISODE 1  
  早朝

「ちょっと、遅れるやん。もうちょっと、キュッキュと走れへんの?」
「無理言うたらあかんて。曲がりきれんで溝こにはまるで。」
「もぉ~。久し振りに京都で遊ぶんやし~この電車乗らんかったら置いて行かれるやん。1時間後しか電車来~へんのやしぃ~。」
「はいはい。」
   
「えっ!?」
   
キュキュキュー!ガガガ!
   
「何なん?」
   
そこに佇んでいるのは、見慣れたイノシシやタヌキではなく。鹿…鹿は見慣れているけど、いつもの鹿とは違い青い鹿やった んです。青い鹿は、急ブレーキをかける車にひるんだ様子もなく、じっと車の中にいる私たちを見据えています。2月の早朝、 気温は低く、草木には霜もおりています。青い鹿は吐く息が白く煙り、その煙は消える瞬間に虹色に輝きます。それがまた、 めっちゃきれい。
   
「うそ!おかん!何!あれ何?鹿?鹿?鹿なん?」
「うわぁ~。鹿…かも…。すごい奇麗…嘘みたいに綺麗…」
   
青い鹿は踵を返し、虹色の煙を残して山へと去って行きました。音も無くです。普通、獣が山を歩く時、ガサガサと音を立て るものなのですが、音もなく走り去ってしまいました。
   
「あちゃぁ~。すげっ!」
「何か、生きててよかったって思えるなぁ~。」
「ほんまや…。ひょっとして幻覚や何かとちゃうよな?おかんも見たやんな?
」 「見た見た。ほんまに見た。幻覚みたいな現実ってあるんや…」
   
「あっ!電車!間に合わへんやん!!!」
   
そして、私は本来の目的(京都で友達とカラオケで歌う)のため、一本遅れで京都に出てみたものの、既に友達はどこかのカ ラオケ屋で盛り上がってるらしくもう、入り辛い。でも、ええもん見たからか、カラオケとかどうでも良くなって本屋でぼん やり鹿や野生生物についての本を眺めたりしてたんですよ。そこそこ、ええ時間になってきたんでまた、電車に乗りました。 とりあえず、おかんにメールで迎えに来て!って言っときましたけどね!
 
  青い鹿イラスト1  
  EPISODE 2   
  落ち葉の落ちた木々の中に太陽が重なり、眩しくとも美しい光景が見えていたんです。都会に住んでいる者にとってはこんな田舎で は当たり前の風景を心から美しいと感じられるものなんです。とかいのゆううつ。
を演じてみたくなったのかもですけどね。

そこで、見たんですよ。

音もなく現れた「青い鹿」を…。

足がすくんだのは、50年生きてきて初めてかもしれないです。そりゃぁ~もう、美しかったです。美しいっていう表現しかないの が、自分の表現力の無さです。いや、言語で表わすことしかできない人間のあほさかもしれません。あえて言うなら、絵にもかけな い美しさ?ですかね。いや…絵には描けるかもしれません。何にしろ言語では伝えきれん何か?を感じる美しさでした。

その青い鹿はじっと私を見つめ、息を吐くんです。白い…白い煙が木々の間を縫って落ちる太陽の光線で光ってか?虹色に輝きます。

言葉に表せないものを見ると、声が出ますね。

「おぉ…。これは…」

って呟いた瞬間、その青い鹿は音もなく山に帰って行きました。

素晴らしい経験でした。その後、一応、ピークを確認し登って来た道ではなく、青い鹿の消え去った方向に下山してみました。テン ション上がりすぎですね。地図を見ながら違うコースで下山したんです。

出発した駅の一つ手前の駅に到着したのは午後4時くらいです。ちょうど、下りの電車が到着した時でした。
 
  青い鹿イラスト2  
  EPISODE 3   
  ここで雑貨店を営んで、かれこれ45年。二十歳でこの家に嫁いでき、それからずっとこの店の店番をして暮らしてきよったんで す。子供は3人おりますが、みな京都や大阪に出てしもうて、誰もこの店をついではくれません。儲かってるんなら別やけど、年 金貰いながらでしか続けられん店…面倒なだけですわ。店を開けられんなったら私もどこかのホーム行きですわ。

いつも通り昼ご飯を食べて、お昼はいつもテレビを見ながらのお昼です。電車が止まる時にしかお客さんは来ないので、ちゅうか、 1時間に1本しか電車きませんから、店番っていうより電車番です。お昼を食べて、片付けして。店の裏にある畑に生ゴミ捨てに 行きましたんや。堆肥になりますからな。

家の裏の畑は、冬ですから縄でゆわいた白菜が少しとトウが立ち始めた大根が20本くらいでっしゃろか?植わってます。毎年、 一人では食べきれんほど作ってしまうんです。お父さんが生きていたころは漬けもん作ったりして、店にも出してたりしたんです がね…。ひとりでは何もできませんわ。

ほな、おったんです。

そりゃぁ…もうきれいな青い鹿が…。

バンビちゃんはよう見てます。それがいつもと違う青い青い鹿さんがじっと立っとたんです。ぼちぼち暗くなり始めた夕暮れ時で す。ふわぁ~と白い息を吐いたらそれが虹色に光って、この世のもんとは思えんくらいの美しさです。腰抜けるかと思いましたわ。
ほな、すっと踵を返して坂を川のほうに下って行きよりました。

なんか、ええ気分になったんです。先も短いよって楽しいことなんてもうええ。死ぬために生きてるようなもんやと思っとたんで すけど、なんや、すっとして。胸に閊えてたもんがすぅ~っと通っていったちゅうか、えも言えん、ええ気分になりました。
長生きするもんやなlって。

そしたら、駅ではちょうど下りの電車が入ってきて、わらわらと乗客が無人の改札を抜けていくのが、店のガラス戸越しに見えま したわ。
 
  青い鹿イラスト3  
  EPISODE 4   
  何を表現しやらええんや?何を作ればええんや?誰に見せればええんや?
新しいもんなんて自分には創れへん。何を作ろうが、誰かの焼き直しちゃうんか?結局誰も解ってくれへんやん。
そんな繰り返しですわ。作る行為って。

アトリエ欲しさに田舎に住んで20年。年ばっかりとってしもて、言ってる事は二〇代と何ら変わらへん。同じ行為を繰り返すこと ほど愚行は無いよな。じゃ、何が有るんだ。何をすればいいんだ。何を表現し、何を伝えたい。伝えた何かでどうなってほしい。何 を望んでる。ほめられたいのか?癒されたいのか?傷つけたいのか?

ほんま、若いころの勢いだけで作っていたころと違って、本気で作りたい何かが無いと作ることもままならんのです。
そんなこと、いつも考えながら最近、暮らしてました。個展が四月頭にある事が決まってたんで、本格的に作り始めなあかん時期や ったんです。体力無くなって、作品作るのも、三倍ほど時間かかりますから。
ぼんやり考えてたら、川に面した窓に動くもんが見えました。

鹿…か。

こう見えても、貧乏芸術家兼貧乏農家です。田舎に住んでしもたがゆえに地味な兼業農家やってます。今、やらなあかんことは農業 や!米作ろう!ってね。たまに、蕎麦も作ります。補助金が出るんで。毎年、蕎麦を植えると鹿が実を食べに来てたんで、また、き やがった!今年こそ、打ち首、逆さづりのスモーク肉にしてやるぞ!と思って、急いで家を出たんですわ。そしたら、いたんです。 あいつが・・・。

川辺に佇んでるんです。すべてわかったような顔で。
きれいな青い鹿でした。

受け入れてくれたわけでもなく、また、拒絶されたわけでもない。そんな顔です。
白い息は川面ならではの風が出ていたので、すぅーっと横に流れていきます。虹色の光を残して。
私ははっきりと感じたんです。それはもう、嫉妬です。こんな美しいもん、存在するならおれが何作ったって太刀打ちでけへんやろ。
みんな、この青い鹿見てみろや!って。久々の、衝動です。作りたい。この青い鹿を作ってみたい。自分の技術のすべてをかけて 青い鹿の美しさを伝えたい。次の作品が見えたんです。
ちょうど、川の上、高くにかかる鉄橋に下り電車が通過してました。電車を見上げて、もう一度青い鹿に目をやるとそこにはもう、 鹿の姿は有りませんでしたっていうオチですわ。
とりあえず、今見たものを忘れないため、何かに描こうと紙を探したけど…ない!ほんまこういう時に限ってです。コピー用紙を駅 前の雑貨店に買いに走りました。坂を上って駅前に向かって走ったんですが、久しぶりに真剣に走ったんで、足はつりそうになるし、 膝は痛いし・・・転げ込むように雑貨店に入りました。  
 
  青い鹿イラスト4  
  駅に着く下りの電車から、高校生の女の子が降りてきます。駅前では、その女の子を迎えに来たお母さんが車の中で待ってい ます。駅前の坂道を下から上がってくるのは自称芸術家の川辺に住むおっさん。駅前を北から歩いてくるのは、日曜ピークハ ンターのシニア世代の男性。

駅前雑貨店のばあさんは、店のガラス戸を開け、改札を出てくる人の流れを眺めました。
「おばちゃん、コピー用紙ある?でかいやつ、A3のコピー用紙!」
「なんやな。そんなに急いで・・・。はいはい。この奥にあるはずやし、ちょっと待ってや。」
「何でもええから、紙!出して!今見たもん、すぐ描かな頭から消えてしまうわ!」
「そんなに急いで、何描くんやな?このチラシの裏にでも書いときなはれ」
「おし!」

ガラガラ・・・。 「お母さん、アイス買って~」
「何で冬にアイスなんやな・・・。ほんで、どうやった?友達と遊べた?」
「そんなん会えるわけないやん。それに、何か友達と騒ぐ気分やなかったし・・・本屋で鹿について調べてきた。」
「そうなんか・・・あたしも、気になってしゃぁ~なかったわ」

ガラガラ・・・。

「すいません。傷テープありますか?ちょっと、山で転んですりむいたんですよ・・・。」

「できた!ばあさん、見てくれ。これが描きたかったんや。これや、青い鹿や!」

「えっ?」
「うん?」
「まぁまぁ」

「あんたも見たんかい。私も絵に描けるもんやったら描きたかったわ。」
「えっ!おばあちゃんも見たん?あたしら朝、車から見たんや」
「私も見ましたよ。山の中で、丁度、お昼くらいでした。」
「めっちゃ、きれいやったぁ~」
「えぇ~俺だけ見たんかと思っとったのに、ここにおる人みんな見てたんか?」
「ほんまやな~。偶然そろったんやわ~。」

駅に迎えに来た母、帰ってきた娘、山から降りてきた日曜登山家、雑貨店のばあさん、自称彫刻家・・・。
五人は頭を寄せ合い、自称彫刻家の描いた「青い鹿」を見ながらあ~じゃないこ~じゃないと話し合っています。
「青い鹿」と出会ったことでこの五人は共通の感覚的記憶ができてしまったようです。
感覚の記憶は、1つの事柄についてなら個々少しずつ違うはずです。感じ方は十人十色ですからね。
しかし、この「青い鹿」については違います。なぜか共通の絶対的な・・・何か知らんけど美しいものに出会ったという認識が みんなの記憶に残っているようです。それが、いったい何なんなのかは、わかりません。どこから来てどこに行くのかも分か りません。ただ、この五人に残った感覚の記憶は確実に存在し、自称彫刻家の手によって形になりました。

何かのきっかけで共通の感覚を共有し、新たな関係が生まれる。

きっかけは「青い鹿」。

「青い鹿」が本当に存在したかどうか?なんて野暮な事は聞かないで下さいね。
「青い鹿」が存在すると思ってる方が楽しいでしょ?



ほらそこに「青い鹿」が・・・・・。  
 

Copyright © 2018 OHNISHI ARTS AND CRAFTS. All Rights Reserved.