卑劣な飲酒運転追突事故の          被害者と遺族の怒り


  最初の公開日付   2003年11月25日    


    特記事項に息子の車に追突した加害者の車や大破して焼損した証拠写真があるので、まず最初に、その写真から見て、どんな事故だか確認して下さい。

 息子が私達家族や結婚寸前の恋人、大勢の友人知人職場の同僚らと泣くながら天空に出発して行った3月17日で26年の年月を経過する。26年の年月も経つのに、あの日と以後の追憶は一日中少しも忘れていない。人は時が経過すれば。と言うが私達は絶対に忘れることは出来ない。

 息子の裕之が、私達と永久に再会出来ない天空に一人で出発して行ってから26年も経つと、息子と同年の友達等は52歳になり、それなりの地位となり活躍しているのに、と思う私の悔しい気持ちと怒りは、絶対に消すことが出来ない。順縁で亡くなった両親等の事は、日頃殆ど思い出すことはないのに、卑劣な加害者や、息子の裕之に罪を転嫁しようとして、6年近くの刑事裁判をして出鱈目の弁護した人権派弁護士と評判の新海聡弁護士等グループを、私は絶対に許すことは出来ない。


 2015年4月18日、福井地裁の女性裁判官が、交通事故の「もらい事故」判決で日本一出鱈目の判決をした。こんな判決が確定したら、私達は、恐ろしくて車の運転が出来なくなる。この件に関係する色々な名称で検索して出鱈目判決を確認してください。この判決では、自分の車を家族限定なのに他人に運転させて助手席に乗っていて死亡した。その運転手が居眠り運転して反対車線に出て正面衝突した事故である。当然の事として運転手には、8233万円の判決をしたが、それでは可哀想だとして、対向車が警報を鳴らして事故の予防運転等をしたと言う証拠が無いとして、「もらい事故」の被害者なのに4000万円の賠償責任の判決をした。

 対向車が自分の車線に進行して来て咄嗟に警報を鳴らしても、居眠りしている運転手が咄嗟に目覚めて、自分の車線に戻ること不可能である。気が付いたとしてしても、警報音で慌てて別の行動をするかもしれない。また、対向車が自分の車線に急に目の前に車が出てきたら、吃驚して咄嗟に警報を鳴らしたり、また、狭い車線で左に避けることは絶対に出来ないし衝突する事になる。それは事故現場の写真を見れば明らかである。この裁判長は運転経験が無いから出てきた発想である。

 「もらい事故」の車がトヨタのプリウスであったので命は助かったが、軽量の軽四自動車や軽のトラックだったら、この事故の死亡者は「もらい事故車」の方で、居眠りの車の人は二人とも死亡しなくて軽傷であったと推定できる。この場合の判決は、居眠り運転者や車の所有者に重大な責任があるとして、逆の判決になって、膨大な賠償の判決が出ることは確実である。保険会社は、こんな理不尽な出鱈目な判決を認める必要は無い。絶対に正義のために控訴して、この幼稚で出鱈目判決を粉砕し、正しい司法判断になるように期待します。この判決が否定されない場合は日本の司法は世界の笑いものなります。



私の経験による交通事故に対する考え方

 宝くじの一等に当たる確率はもの凄く低いが、交通事故に遭遇する確率は、もの凄く高い、明日は貴方の番になるかも知れません。若し車が破損しても、その損害を少なくするには、出来るだけ大きい車に乗ることです。私の息子は、信号停止中に追突されて車は大破焼損し焼死した。その車は普通車であったが小さい車でだったので大破したのです。その事故は飲酒運転者の車に追突されたのですが、その時に私の大きい車に乗っていたら事故の破損は少なくなったと思う毎日である。私は、その経験で言えるのは出来る大きい乗用車に乗ることが、事故に遭遇しても運転者等の被害を少なくする方法である。

1   常識として軽四自動車は、事故の破損度と死亡率の確率は普通車より非常に高い。
これは安もの買いの銭失いになるので、それを覚悟すべきである。

 2  普通車でも小型車は事故の破損と死亡率は高い、出来るだけ大型車に乗る事が必要。

3  軽四自動車でも普通自動車でも事故の確率は確率は同じであり、事故は宝くじに当た
る確率より何千倍も何万倍も高い、自分が安全運転をしていても他車が襲ってくる。

4  PCで検索すると、軽四の人は、安全に運転している人が多いと書いてあるが、それは
嘘で、軽四でも高速道で、130キロ以上の速度で、で普通車を追い抜いて行く。

5  一般道でも、70キロ80キロの猛速で、普通車を追い抜いていく、軽四自動車が多い。

 6  夕方等に前照灯を点灯せずに、運転している車があるが、対向車からは確認しづらい。

 7  夜間に運転している殆どの車は、ロービームで運転している、基本はハイビームが基本
であり、ロービームの事故が非常に多い。

 8  A車線の対向車が自分の走行車線Bに進入してきたら、右にハンドルを切って反対車線
    のA車線に避けると、対向車は自分のA車線に戻る本能がある。その為に、A車線の上で
   正面衝突をする確率が非常に高い。その為に、自分の走行車線を走行していた車が、反
   対車線に避けて、被害者なのに加害者にされて死亡した事が実際にあったので、残され
た遺族の為には絶対に急ブレーキを踏んで、左にハンドルを切るべきである。

 

 息子が天空へ出発してから25年もつが経つが、今まだに最後の別れの情景を思い出す毎日である。現在でも朝3時に目を覚ますと、思い出ばかりが浮かんで、その後は眠ることが出来ない。

 日常的に天命で亡くなった両親等を思い出す事はあまりないが、他人の卑劣な不法行為の飲酒運転で焼死させられた息子の事は、あれから26年も経つのに毎日脳裏に浮かんでくる。

 被告の弁護士が、警官の不祥事を隠すために証拠を捏造し、警官の息子が追突したと大きく主張し、何回も新聞等で被告は無実だと主張し6年と一審二審で、46回の刑事裁判で弁護した卑劣な弁護士への怒りは未だに減少していない。その弁護士が名古屋で社会正義派とか人権派市民派としてマスコミに評価されているのを、テレビや新聞で見ると、もの凄い怒りを感じる。 
 

 後段の特記事項の車の破損状況を見れば、中学生でも原因を特定出来る事故であった。卑劣な弁護人は、証拠を自分で確認せずに、警察は警察官の仲間を助けるために証拠を捏造して被告を逮捕したというのであった。これが仮に被告勝訴になっていたら、被告弁護団は証拠を捏造して大冤罪事件になっていたと私は確信している。警察は事故当時、夜間の高速道路での大事故並の事故現場は大混乱になり、その時に事故を直接目視していない出鱈目の証言者の証言に騙されて、息子の車は停止していたのに、息子が追突したと間違って発表したのである。事故が昼間なら100パーセント初動捜査で間違うことは無いと確信している。









 息子の卑劣な事件後に何年も経過して、罰則が強化されたに未だに飲酒運転事故がそれほど減少しているとは思われない。私の希望は、飲酒して運転したり事故をした場合は、一生立ち直れない完全な法律に改正するのが、飲酒事故をゼロにする最善の方法であると思っている。

 
 私も息子の事件の加害者家族に裁判所内で、「馬鹿たれ糞、警察官やと思ってと」怒鳴られ、もう少しで、私と、喧嘩になるところでしたが、私の民事弁護士に止められた事がありました。これも人権派の卑劣な弁護人の教唆指導によるものだと今でも思っています。

 私は、卑劣な弁護人を強烈に非難して、私の怒りを書いていますが、このホームページは、卑劣な弁護士が、自分らが日頃から警察の不祥事を追求する手段に利用した事を公表し,私に謝罪して、新聞等に真実の事を記事にしない限り、彼らの卑劣姿勢をホームページ公表し続けます。


交通事故トラブルを防ぐにはどうするか

 事故捜査には色々なトラブルが発生します。捜査する警察官でも、私たちと同じ人間だから間違捜査をする事もあります。その誤捜査を防止するには、全ての車の前後に常時録画レコーダーの装着が有効な手段であり、車の走行を常時録画を記録しておれば、難解事故でも真実の解明がすぐに出来る。私の提案は、全ての車にはドライブレコーダの装着を義務づけることが事故防止と事故原因究明に役立つと思っている。2016年1月15日のバス事故でも国会で、公明党の議員が提案していたが、今すぐでも法律で義務付ける事が、事故防止等に役立つと思う。私は息子の事故後録画装置を取り付けて常時録画走行をしており、最近では、車の前後録画走行をしている。録画運転をすれば、運転者自身が監視されているような物であり、危険な運転をしなくなる。


 息子が誤捜査で加害者と発表され、その翌日に、私の息子が飲酒運転の車に追突された被害者だと判明したのですが、有名な全国オンブズマンの大幹部の人権派と大評判の弁護士4人が、私の息子が本当の加害者と主張して、卑劣な彼らは、警察官の息子が追突したのに、警官の仲間を助ける為に証拠を捏造し、被告を加害者にしたと主張して、一審42回の判決に不服として、被告側が控訴して4回で棄却となり、全部で46回の長期裁判になって、彼らは大敗したのです。
 
 


 


  平成2年3月17日の午後10時50分 息子が天空に出張して25年、連絡なし


 事故の翌朝早く、息子の事故車両をみた警官等は、すぐに息子が追突したのでは無く、裕之が追突されたと判断し県警上層部に報告されたと推測される。しかし、私が葬儀の翌日に中川警察に息子が追突したと私は聞かされているので、謝罪に行ったら、加害者なのにすぐに応接室に通されて、署長から実は息子さんが加害者で無く、被害者であったと謝罪されたのです。しかし、一度警察官が追突したと発表したから、それを息子さんが被害者だったと訂正すると、必ず反警察のグループが出てくるから、完全に証拠を固めてからので1ヶ月後に逮捕すると言うことでした。

 私は、その間は加害者として待たなければならないから、帰宅してすぐに、私の関係者等しやべりまくりました。平石が逮捕されるまで、マスコミ側は息子が加害者として報道していたのです。故に、私の知人や関係者以外は、私の息子が猛速で追突した警察官であったと思われていたのです。しかし、そのニュースすら知らない人は、何年経っても息子が追突したのだと認識しているようです。妻が何年か経ってからの同窓会で、被害者とは知らなかったと言っている人がいた。


 息子は、悲しい無念な気持ちで天空に旅立ったと思います。真実を知らない私は、息子に対する怒りからお棺を足蹴にしたのです。その時に真実を知っておればと思うと後悔しています。

 事故の翌朝の中川警察署は大混乱になっていたと思います。なぜ私どもにすぐに知らせていてくれていたならば、私が、お棺を蹴り付ける事も無かったと思います。

警察本部も報告を受けて真実を知って大変な事になったと思います。事故の翌朝のテレビでは全国的に警察官が猛速で追突したと報道されて、本部長も非難をしたことが放送したからです。

 息子の事故は非難されるのに、葬儀の時に県警本部長や所属署、機動隊に所属していたので成田空港の警備関係者からも生花が届けられました。しかし、中川警察署からは一本も無かったです。まだ正式に発表していない時に生花を届けることが出来無かったのは理解できます。

 愛知県警本部長始め警察関係や昭和区の交通安全協会等からも沢山届けられると言うことは、警察上層部には真実が事故の翌朝に報告されて既に判っていたと言えます。

 翌朝すぐに間違った事を訂正出来なかったのは、新海弁護士等を警戒して秘密にしていたからだと思います。しかし、それが逆に弁護トラブルになったと私は思っています。


 2008年3月の特記事項の追加写真は、事故の当日の事故写真で、加害者の卑劣な弁護人は、人権派弁護士として評判の新海聡弁護士等で、情報公開請求や、行政等の諸問題で追求して大評判になっているから、私も息子の事故の写真も大公開をした。 彼ら弁護人の不当なデタラメな主張で、私たちが苦しんでいる事を世間に公表するために、証拠として写真を公開した。

          
 平成2年3月17日の午後10時50分に天空に行ってから、平成27年3月17日で25年の年月を経過するが、私の怒りは少しも減少していない。 一般的に「時が経て」ばと言う事は嘘です。
                              
 それは「オンブズマン事務局長」の新海弁護士(全国市民オンブズマン事務局長兼務)等の弁護人4人と、支援者に徹底的に、息子が追突した事故だと主張されて、責任を転嫁された事と、その彼等の偽証のデタラメな主張によつて、裁判を46回を数えた事が原因である。(その弁護人は、警察が、私の息子を助けるために無実の被告を逮捕した。この被告は無実で冤罪だと主張)

 マスコミは冤罪を作ろうとした新海弁護士の卑劣さを知らぬとは言え、マスコミ等に彼らが人権派として評価しているのは我慢できない。飲酒運転をして息子を殺した平石を当然の事として、息子の敵を取りたいと思っているが、私は、加害者以上に卑劣な新海弁護士等を憎んでいます。

 その卑劣な弁護士の新海は、私の息子を加害者にする為に、一審42回の裁判を重ねた憎き嘘つき弁護士で、中京大学法科大学院の教員になっているのには驚いた。

 多分、オンブズマンとして大活躍??をして、名古屋で良心的弁護士???と評価??されている??彼を立派な誠実な弁護士??だと思ったのであろう。
                 

                           椋樹立芳

 

    この番号は、H18年3月に更新した後の番号で、最初からの番号は累積していません。






   私は、卑劣な飲酒運転事故の遺族で、   
 息子が受難した飲酒事故の報告です。 



    このホームページは、事実を書いたもので誇張してありません。

         

        息子の車は画像の一番右の車で、進行方向とは逆向きに180度回転している。
        加害者の車は、その左の白い車で後部が焼損している。


   息子の裕之が追突された事故は、初動捜査で事故原因
     を間違っただけで、事故の完全な証拠品と、H 被告が追突
     した瞬間を、自分の目の前で直接目撃した目撃者がいた。
   そして警察と検察の完璧な証拠もあった。それなにの

   告と弁護人は、
それを全て否定した。

    
「H被告は無実で冤罪だ」と主張した。彼等は交通事故の
     裁判で、全国で有数の長期裁判年数(約6年)と回数(刑事
    46回、民事28回)をさせて、遺族を二重三重 に苦しめた。


     マスコミは彼等を良心的弁護士と評価して、彼等の市民活
    動を取材して彼の
「ごもっともなコメント」を報道している。
     彼等こそ、裕之が受けた卑劣な事件の裁判費用を国民に
     返還すべきであると思う。   

      
被告と弁護人が取ってくれた行動の為に、私どもの怒りは、
       息子と天空で裕之に会えるときが来るまで続くと思います。


 このページは、息子が飲酒運転の車に追突された事件の怒りを、息子との手紙を箇条書きに書いたもので、私が書いた本の7分冊2000ページの1%も書けてません。又、書くことの素人ですので、不具合な文面や誤字、話が前後したり重複している部分があり、お許しください。

 私たちは、彼等の為に、24年間も不安定な精神状態の中で、苦しみと悲しみを味わってきました。これからも、この苦しみと悲しみは治まることはないでしょう。

 

                           内 容 

A  天空の裕之より (天国からのメール )

  1 前書き
  2 飲酒運転についての意見
  3 僕が殺された飲酒運転事故について
  4 父さんが発行した本の件
  5 被告等に対する恨みについて
  6 後記

B  父より天空の裕之へ

  1 前書き
  2 事故当日の事について
  3 警察が加害者と被害者を取り違えた原因
  4 真実の解明について
  5 良心的弁護人???の過剰弁護
  6 裁判について
  7 弁護人の新聞での発言と父さんの反論
  8 裁判での被告と弁護人の主張と父さんの反論
  9 後書き

C  特記事項
 
  1 多くの人が裕之の事件を書いてくださった本等
  2 父さんが事件のことを書いた自製本の分冊名
  3 H被告の支援者について
  4 裕之が遭遇した事故写真
  5 裕之の思い出の写真
         




 


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