商業文芸誌評


この記事は2025年5月発刊予定の本誌78号『あるかいどへの反響』欄転載されます。本誌掲載に際しては万全を期しておりますが、誤字脱字等に気づかれた方は発行人までお知らせくださいこの段階でミスをご指摘いただけると誌上に反映させることができます。

 

神戸新聞 2024年12月21日付 同人誌評 葉山ほずみ

 77号渡谷邦「地底へ」(「あるかいど」第77号)。奥さんはある日、ずっと手つかずの、雑草が生い茂っている隣の空き地に数人の若い男女が入って行き、地面に穴を掘り出したのを見た。空き地を囲うトタンの隙間から見た奥さんは、夜中にこっそり、その穴をのぞきに入ると、そこにはパラソルやパイプ椅子、何の作業に使うのか、木枠やセメントまであった。
 奥さんは毎晩のように夫が寝た後、空き地に出かけた。作業は着々と進んでいるようで、穴は深くなり地底へと延びていた。ある日、穴を掘っている若者たちが家を訪ねてきた。話をすると彼らは映画を撮るためのセットを作っているというが……展開の良さと、どこかシニカルで温度を感じさせないラストが題名と合っている。

三田文学 2024年秋季号 新同人雑誌評 佐々木義登

 渡谷邦「Aハウスにて」(「あるかいど」第76号)は家が生々しい存在感を示す作品です。築四十年の家で油野は交際相手のハルコと暮らすことになります。そこには前妻、キヨコの私物や痕跡が残っていて、彼女が暮らしていた二階には彼女自作の白い壁が存在しています。油野とハルコは結婚し、一階をリフォームすることになり、二人は二階のキヨコのベッドで寝起きするのでした。キヨコが働いている近所のパン屋をハルコが訪問し、彼女の住むアパートまでつけて行ったり、キヨコの衣服を着てパン屋を訪れたり、そうこうするうちにハルコは妊娠します。工事中のダンプカーが油野の家を壊して隣家に突っ込む場面が描かれて本作は閉じられます。奇妙なエピソードが連なり、日常がずれた世界、常に異臭のようなものが作品内を漂い続けています。その不協和音が独特の味わいを醸し出す趣深い作品でした。

三田文学 2024年秋季号 新同人雑誌評 加藤有佳織

 渡谷邦「Aハウスにて」(「あるかいど」第76号)のハルコは「自分は何も所有していない」と思っています。勤めていた塾が閉校し、講師を辞めたところです。付き合っている油野は、彼女のアパートにある椅子を気に入っていますが、それら二脚の椅子だけが彼女の所有だと言えるものでした。油野は前の結婚で購人した坂道にある一軒家に暮らしており、二階には前の妻キヨコの持ち物がそのまま残っています。油野と結婚し、キヨコの「痕跡がへばりついている」その家で生活するようになったハルコは、持ち込んだ椅子に加えて「自分の領域を増やして」いこうとしますが、彼女の領域が増えているのかキヨコの「痕跡」に自身を合わせているのか判然としません。油野の同級生が経営する会社にリフォームを依頼し、住宅雑誌に紹介されていた「S氏邸」のように改造することになります。リフォームエ事がすすむなかで隣の齊藤夫人と言葉を交わすようになり、キヨコ、が「意外に近くに」いてパン屋併設のカフェで働いていることを知ります。カフェに足を運び「もう一人の油野を名乗る女」を見つめて以降、キヨコの服や文具を使い本を読み、キヨコが得意とする豆のスープを作るようになります。そうしてハルコは「家に溶け込みつつある」のです。過去作「水路」(「あるかいど」第74号)に見られた、自分は彼女かもしれないし彼女は自分かもしれないというありようが、本作ではハルコとキヨコと齊藤夫人のあいだに複数現われ、非常にスリリングです。ハルコが油野と訪れたショッピングモールで大泣きする女の子の「違う、違う、わたしじゃない」という言葉がそれゆえ鮮烈で、表現や構成の仕掛けにも胸が高鳴るのです。  

これまでにあった反響

これまでにあった反響の一覧です。「○○号への反響全文」をクリックすれば、反響の全文をお読みいただけます。

77号 (2024年11月6日発行)

「地底へ」渡谷邦
神戸新聞 2024年12月21日付 同人誌 葉山ほずみ
 
 
 
 

 

76号 (2024年5月29日発行)

「アマリリス」夏野緑
・季刊文科97号 同人雑誌季評 河中郁男
「はるかかなた」高原あふち
・図書新聞2024年8月31日付 同人誌時評7月 越田秀夫
「Aハウスにて」渡谷邦
・三田文学 2024年秋季号 新同人雑誌評 佐々木義登・加藤有佳織
・樹林 第41回小説同人誌評 細見和之
「サンセットビュー」伊吹耀子
・民主文学2024年9月号 支部誌・同人誌評  風見梢太郎
「雪の匂い」渡辺庸子
・民主文学2024年9月号 支部誌・同人誌評  風見梢太郎

 

75号 (2023年11月3日発行)

「私たちは散歩する」渡谷邦
・季刊文科96号 同人雑誌季評 谷村順一
・三田文学 2024年春季号 新同人雑誌評 佐々木義登
「昏がりの果て」渡辺庸子
・樹林 第40回小説同人誌評 細見和之
・三田文学 2024年春季号 新同人雑誌評 加藤有佳織
「答えは 風の中」泉ふみお
・樹林 第40回小説同人誌評 細見和之
・神戸新聞同人誌評 2024年6月23日付 葉山ほずみ

 

74号(2023年 5月30日発行)

「水路」渡谷邦
・第18回神戸エルマール文学賞選評
・第18回まほろば賞選評
・三田文学 2023年秋季号 新同人雑誌評 佐々木義登
・文芸思潮89号 「全国同人雑誌評」 五十嵐勉
・樹林 第38回小説同人誌評 細見和之
「鼻ぐり塚で待つ-夏-」西田恵理子
・図書新聞 №3640 2024年5月25日 同人誌時評+α 越田秀男
・神戸新聞 2023年9月23日付 同人誌評 葉山ほずみ
・樹林 第38回小説同人誌評 細見和之
「崋山先生の画帖第一画 母の面影」住田真理子
・樹林 第38回小説同人誌評 細見和之
「雑踏の中にいる」切塗よしを
・季刊文科 93号 同人雑誌評 河中郁男
「オレンジ色のスカート」渡辺庸子
・民主文学 2023年9月号 支部誌・同人誌評 松田繁郎

 

73号(2022年11月2日発行)

長い写真」久里しえ
・三田文學 2023年春季号 新同人雑誌評 加藤有佳織
・季刊文科90号 同人雑誌評 谷村順一
「その週末」渡谷邦
・三田文學 2023年春季号 新同人雑誌評 佐々木義登
・季刊文科90号 同人雑誌評 谷村順一
「レッスン」切塗よしを
・樹林第36回小説同人誌評 細見和之
「白いシーツは翻る」西田恵理子
・民主文学 2023年3月号  支部誌・同人誌評 岩淵剛
「あぐねる」高原あふち
・神戸新聞 2023年1月27日付 同人誌評 葉山ほずみ

 

72号(2022年5月17日発行)

「鳩を捨てる」住田真理子
・文芸思潮86号 全国同人雑誌評 殿芝知恵
・三田文學  2022年秋季号 新同人雑誌評  佐々木義登
・季刊文科89号 同人雑誌評 谷村順一
・神戸新聞 2022年7月22日 同人誌評 葉山ほずみ
「面会時間」切塗よしを
・文芸思潮86号 全国同人雑誌評 殿芝知恵
・樹林第34回小説同人誌評 細見和之
・民主文学 2022年9月号 支部誌・同人誌評 草彅秀一
「オーロラ」池誠
・文芸思潮86号 全国同人雑誌評 殿芝知恵
「明るいフジコの旅」渡谷邦
・三田文學  2022年秋季号 新同人雑誌評  佐々木義登
第17回神戸エルマール文学賞「島京子特別賞」受賞

 

71号(2021年11月1日発行)

「ラストデイのような日」渡谷邦
・三田文學 2022年春季号 新同人雑誌評  藤有佳織
・三田文學 2022年春季号 新同人雑誌評  佐々木義登
・季刊文科87号 同人雑誌評 河中郁男
「海には遠い」切塗よしを
・神戸新聞 2021年12月24日  同人誌評 葉山ほずみ
・季刊文科87号 同人雑誌評 谷村順一
「降っても晴れても」高原あふち
・神戸新聞 2021年12月24日 同人誌評 葉山ほずみ
・季刊文科87号 同人雑誌評 河中郁男
「塀の外の空襲」住田真理子
・季刊文科87号 同人雑誌評 谷村順一
「紅い破片」渡辺庸子
・季刊文科87号 同人雑誌評 谷村順一