| ● エッセイ ● |
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〔襟裳岬にはほんとに何もなかったか〕 えりも町の歌別(ウタベツ)から国道336号線を反れ、突端の襟裳岬に向かった。太平洋の大海原を 右にしながら10キロほど走ると、かつて森進一がシャーガレ声で♪何もーないー春ですー♪と歌って、 ここに住む人たちに総スカンを喰った襟裳岬だ。 私は妻にビデオカメラを用意させ「いいか、村落が見え始めたらスタートさせるんだ」と言った。 そして高台を走っていた道路が一度ドンと下がって集落の中に入った時、妻はビデオをスタートさせ 私はシャーガレ声を真似て歌い始めた。♪きたのーまちではーもおおー♪歌っているうちに道はまた 上り坂となって、その坂を上りきったあたりのトンネルを越えた。歌は続いているが二番に入ったので ウロ覚えの歌詞はもうほとんど思いつきの単語をつなぎあわせたものとなっていた。 トンネルを出ると両側が太平洋だ。空と海と、そこに突き出した枯草色の地の先だけである。その まんま”何もない春”である。二番の最後の♪あたたまってえーゆーきーなーよー♪が終わった時、 車はちょうど駐車場入りを待つ車の行列の最後尾に、徐々に速度を落としながら止まった。 15分ほどで駐車場に入れることが出来た。駐車場は満車状態で、誘導の人が忙しそうに次々と 入ってくる車に駐車場所を指示している。”何もない”だけでこれだけ人が集まるなら”何かあったら” 大変だな、と思いながら車を降り岬の突端へと続く道を歩いた。 少し肌寒いがスッコーンと抜けた空と海だけの景色の中、すがすがしい襟裳の春風が、やや荒っぽく 歓迎してくれた。 ”何もない”はずの岬の下の岩場にはゴマフアザラシの生息地があり、備え付けの大型の双眼鏡は 大繁盛していた。
我々はそこから突端を一周する遊歩道をぐるっと回った。途中に薄紫の小さな原生花の一群を見つけた。
エゾエンゴサクである。アイヌが食用にした野草のひとつであるが、こんな吹きっさらしの乾燥した
ところにも根を生やし、春になると忘れることなく可憐な花をつける。そこからまた少し行くと子供達が
大声を出した。「あっ、キタキツネだー」。”何もない”どころかよく見ると”何かある”襟裳の岬、
さらにここの売店では”イケの毛ガニ”まで買ってしまうんだぞー、3,500円。
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