商業文芸誌評


この記事は2025年5月発刊予定の本誌79号『あるかいどへの反響』欄転載されます。本誌掲載に際しては万全を期しておりますが、誤字脱字等に気づかれた方は発行人までお知らせくださいこの段階でミスをご指摘いただけると誌上に反映させることができます。

 

文芸思潮96号 全国同人雑誌評 南崎理沙 

「あるかいど」77号(滋賀県)
 日常と非日常の境界線に光を当てている作品が目立つ誌。揺らぎのなかに立ち、生きていこうとする人物を描くことに優れた作品が多い。
 渡谷邦「地底へ」は、独自の描写で不穏な空気感を演出することに優れた作品だ。主人公である奥さんは、隣の空き地に誰かが出入りしていることに興味をもつ。そこで誰かが穴を掘っていることを夫に伝えるが、「いまどきは何でもありだ」と一蹴される。その後も、夫は仕事など日常のことで忙しく、妻の話にまともに取り合わない。隣の奥さんと空き地の話をするようになり、主人公は一緒に段々と他人事に首を突っ込んでいく。そうしていくうちに、空き地では映画研究会のメンバーがSF映画を撮っていることがわかり、彼らの名前を覚えて彼らの食事を準備するまでになる。最終的には、映画の世界と現実の境目がなくなり、奥さんは隣の奥さんと自ら地底に降りていこうとする。物語の途中で、「まるで自分たちが映画を企画製作しているような気分だったのだ」という文章があり、段々と傍観するだけでなく主体的に捉えるようになっていく様子が描かれている。この作品において鍵となるのは、境界線の超越だ。日常と非日常、他人事と自分事、映画と現実、といった境界を少しずつ混ぜていくことにより独自の空気感を作り上げることに成功している。世界観を確立するための技術はかなり高いので、その効果を使ってかつ主体的に伝えたいテーマなどがあればさらに作品に奥行きが出るだろう。

三田文学 2025年春季号 同人雑誌評 佐々木義登

 久里しえ「池に棲む人」(「あるかいど」第77号)の主人公美咲は三十四歳、世間から向けられる目に悩みつつ不妊治療を行っています。ある日、自宅マンションから見える、池に突き出したように建つ家に、若い男がいることに気付きます。偶然知り合ったその斎藤という大学生と美咲は親しくなっていきます。作品中盤、ふと魔が差したように幼児を連れ去りそうになるシーンは秀逸で、それを端緒に不妊治療の意義そのものに対して疑念が生じてゆく展開は読みごたえがありました。ライターを返しに行くことを囗実に斎藤の家を美咲が訪れると、中から男女の声がベッドの軋む音とともに聞こえ、足音を立てずに後ずさる場面も印象に残ります。安易な解決を退け、余韻を残したラストが好印象でした。

三田文学 2025年春季号 同人雑誌評 加藤有佳織

渡谷邦「地底へ」「輝く母」(「あるかいど」77号)洗練された言葉によって固有の世界を作り出し、 緊張感のある快作でした。

季刊文科 99号春季号 同人雑誌季評  谷村順一

 久里しえ「池に棲む人」高原あふち「トマトスープとガーリックライス」渡谷邦「地底へ」を面白く読んだ

これまでにあった反響

これまでにあった反響の一覧です。「○○号への反響全文」をクリックすれば、反響の全文をお読みいただけます。

77号 (2024年11月6日発行)

「池に棲む人」久里しえ
・三田文学 2025年春季号 同人雑誌評 佐々木義登
・季刊文科 99号春季号 同人雑誌季評  谷村順一
「地底へ」渡谷邦
・文芸思潮96号 全国同人雑誌評 南崎理沙
・神戸新聞 2024年12月21日付 同人誌 葉山ほずみ
・三田文学 2024年秋季号 新同人雑誌評 加藤有佳織
・季刊文科 99号春季号 同人雑誌季評  谷村順一
「トマトスープとガーリックライス」高原あふち
・季刊文科 99号春季号 同人雑誌季評  谷村順一

 

76号 (2024年5月29日発行)

「アマリリス」夏野緑
・季刊文科97号 同人雑誌季評 河中郁男
「はるかかなた」高原あふち
・図書新聞2024年8月31日付 同人誌時評7月 越田秀夫
「Aハウスにて」渡谷邦
・三田文学 2024年秋季号 新同人雑誌評 佐々木義登・加藤有佳織
・樹林 第41回小説同人誌評 細見和之
「サンセットビュー」伊吹耀子
・民主文学2024年9月号 支部誌・同人誌評  風見梢太郎
「雪の匂い」渡辺庸子
・民主文学2024年9月号 支部誌・同人誌評  風見梢太郎

 

75号 (2023年11月3日発行)

「私たちは散歩する」渡谷邦
・季刊文科96号 同人雑誌季評 谷村順一
・三田文学 2024年春季号 新同人雑誌評 佐々木義登
「昏がりの果て」渡辺庸子
・樹林 第40回小説同人誌評 細見和之
・三田文学 2024年春季号 新同人雑誌評 加藤有佳織
「答えは 風の中」泉ふみお
・樹林 第40回小説同人誌評 細見和之
・神戸新聞同人誌評 2024年6月23日付 葉山ほずみ

 

74号(2023年 5月30日発行)

「水路」渡谷邦
・第18回神戸エルマール文学賞選評
・第18回まほろば賞選評
・三田文学 2023年秋季号 新同人雑誌評 佐々木義登
・文芸思潮89号 「全国同人雑誌評」 五十嵐勉
・樹林 第38回小説同人誌評 細見和之
「鼻ぐり塚で待つ-夏-」西田恵理子
・図書新聞 №3640 2024年5月25日 同人誌時評+α 越田秀男
・神戸新聞 2023年9月23日付 同人誌評 葉山ほずみ
・樹林 第38回小説同人誌評 細見和之
「崋山先生の画帖第一画 母の面影」住田真理子
・樹林 第38回小説同人誌評 細見和之
「雑踏の中にいる」切塗よしを
・季刊文科 93号 同人雑誌評 河中郁男
「オレンジ色のスカート」渡辺庸子
・民主文学 2023年9月号 支部誌・同人誌評 松田繁郎

 

73号(2022年11月2日発行)

長い写真」久里しえ
・三田文學 2023年春季号 新同人雑誌評 加藤有佳織
・季刊文科90号 同人雑誌評 谷村順一
「その週末」渡谷邦
・三田文學 2023年春季号 新同人雑誌評 佐々木義登
・季刊文科90号 同人雑誌評 谷村順一
「レッスン」切塗よしを
・樹林第36回小説同人誌評 細見和之
「白いシーツは翻る」西田恵理子
・民主文学 2023年3月号  支部誌・同人誌評 岩淵剛
「あぐねる」高原あふち
・神戸新聞 2023年1月27日付 同人誌評 葉山ほずみ

 

72号(2022年5月17日発行)

「鳩を捨てる」住田真理子
・文芸思潮86号 全国同人雑誌評 殿芝知恵
・三田文學  2022年秋季号 新同人雑誌評  佐々木義登
・季刊文科89号 同人雑誌評 谷村順一
・神戸新聞 2022年7月22日 同人誌評 葉山ほずみ
「面会時間」切塗よしを
・文芸思潮86号 全国同人雑誌評 殿芝知恵
・樹林第34回小説同人誌評 細見和之
・民主文学 2022年9月号 支部誌・同人誌評 草彅秀一
「オーロラ」池誠
・文芸思潮86号 全国同人雑誌評 殿芝知恵
「明るいフジコの旅」渡谷邦
・三田文學  2022年秋季号 新同人雑誌評  佐々木義登
第17回神戸エルマール文学賞「島京子特別賞」受賞

 

71号(2021年11月1日発行)

「ラストデイのような日」渡谷邦
・三田文學 2022年春季号 新同人雑誌評  藤有佳織
・三田文學 2022年春季号 新同人雑誌評  佐々木義登
・季刊文科87号 同人雑誌評 河中郁男
「海には遠い」切塗よしを
・神戸新聞 2021年12月24日  同人誌評 葉山ほずみ
・季刊文科87号 同人雑誌評 谷村順一
「降っても晴れても」高原あふち
・神戸新聞 2021年12月24日 同人誌評 葉山ほずみ
・季刊文科87号 同人雑誌評 河中郁男
「塀の外の空襲」住田真理子
・季刊文科87号 同人雑誌評 谷村順一
「紅い破片」渡辺庸子
・季刊文科87号 同人雑誌評 谷村順一