春はウキウキ  
春はウキウキ
 啓蟄(けいちつ)とは、冬ごもりしていた虫たちが動き出すという、二十四節気の一つであり、いかにも春らしい。
 家の周りを歩いてみると、所々に春が顔を出している。庭先にイヌフグリが小さな顔を出してくると、春のウキウキが始まる。
 春、ウキウキするのはボクだけではあるまい。年がいもなく、いまだに春はウキウキする。このウキウキパワーは、1年に一度、自然界が繰り出すエネルギーから生まれるのであろう。
 まだ雪の残る山道を歩いているとき、ちょっと足を止めて耳を傾けると、だんだん春の音がにぎやかに聞こえるようになる。せりだした雪のひさしから、落ちるしずくが霜柱を崩し、音にならない音が聞こえる。
 あたりに注意すると、雪の下からゴジョゴジョと、水の流れる鈍い音がする。近くの雪の穴をのぞくと、時折、フキノトウが口をとがらせている。
 まったく愛嬌(あいきょう)はないが、すっかり雪が解けるころには、口がふさがらないほど笑いこけている彼らを思うと、憎めない顔だ。
 雪のなくなった山道はカサカサに乾き、そんな日だまりにはカタクリがひっそりと、咲いていることがある。フキノトウはつついてやりたくなるが、カタクリは少し離れて、きちんと挨拶(あいさつ)したくなるのはなぜだろう。
 ウキウキパワーは恋のパワーかも知れない。草の芽もまだ目覚めていない山道で、カタクリの花がほほ笑んでくれたら、誰だって一目惚れするだろう。
 三月の、霧のように降る雨は、何ともいえず好きだ。こんな日にはボクだけではなく、みんなも傘を差さずに歩いてほしい。
 行き交う人の顔には、小さな小さな真珠がいっぱいだ。首に巻いた真珠よりも、頭をおおう春の真珠の方が、うんと好きだ。ボクの頭にも同じ真珠があると思うと、愉快でならない。
 春の色は淡い色が多い。春は、その淡い色が美しい。春の雨はけばけばしい色も、みんな春の色にしてくれる。だから春に降る霧のような雨が、この時期には似合うのだろう。
 それと、この時期の雨は、ひと雨ごとに春が来ると言われる。そう思うと、またこの雨は楽しい。花の咲く本当の春が来るまでは、ひと雨ひと雨がうれしくてたまらない。
 冬ごもりの虫たちが動き出す啓蟄から春分までが、一年を通して、自然界の一番忙しい時期ではないかと思う。気の毒だが、自然界はウキウキしている暇なんぞ、ないようである。
 いっときも目を離せない春。ウキウキの春。そんな春なのに、なぜか眠くてしようがない。
 案外、春ははにかみやで、すべての繕(つくろ)いが済むまで、人を眠らせるパワーも持っているのかも知れない。

(中日新聞・みえ随想 平成6年3月7日掲載) 

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