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十字街 - 末広町1



函館市電は湯の川から函館駅前を通り十字街で函館どっく前方面と谷地頭方面に分かれるYの字のような路線になっています。函館どっく方面への路線は沿線にレトロな建物がいくつか残っており、正面に見えている地域交流まちづくりセンターは1923年に建てられた旧丸井今井呉服店函館支店です。後ろに見えているのは函館山で頂上に見えている建物はロープウエー山頂駅の展望台です。

2024.3.3

十字街 - 末広町2



上の写真より少し末広町寄りにある八幡坂の途中から函館市電を撮影したもので、生憎の天候と写真サイズが小さいので分かり難いですが、正面に見える港の突堤には旧青函連絡船の摩周丸が停泊しています。
八幡坂は港が良く見えて観光客にも人気の場所なので、冬季でも歩道の階段が融雪されており、安全に上り下りすることができます。

2024.3.3

弘南線 津軽尾上 - 尾上高校前



弘南鉄道は1927年に弘前~尾上(現在の津軽尾上)を開業した歴史のある私鉄で、弘前藩の支藩があった黒石までは1950年に開通しています。
津軽尾上と尾上高校前駅の間には写真の様な高架区間があり、本来であれば雪原と化した田圃越しに冠雪した岩木山が見える写真が撮れる筈だったのですが、生憎岩木山は雲の中でいささか残念な結果となりました。短期間の撮影旅行ではこればかりは仕方ないですね。
弘南線の車両は現在は全て旧東急の7000系で、夏場の居住性はともかく非冷房のオリジナルの姿を良く留めています。

2024.3.6

大鰐線 石川 - 石川プール前



弘南鉄道のもう一つの路線である大鰐線は、弘前電気鉄道として1952年に中央弘前と大鰐間を開業し、1970年に弘南鉄道に事業譲渡して弘南鉄道大鰐線となりました。
石川では冠雪した岩木山を背景に石川~義塾高校前でJR線をオーバークロスするところを撮影したかったのですが弘南線同様にそれは叶わず、急遽石川~石川プール前にある平川橋梁での撮影に切り替えることにしました。後方に見えているのは大鰐スキー場です。この大鰐線も弘南線同様に全て旧東急7000系で運用されています。

2024.3.6

芦野公園



芦野公園は青森県でも屈指の桜の名所で、駅ホームからのこのカメラアングルも春には見事な桜のトンネルになるようです。冬場の公園自体は訪問者も少なそうですが、旧芦野公園駅舎を利用した「駅舎」という名前の喫茶店が営業しており、私を含めてそのお店目当ての来訪者もいる様です。
津軽鉄道は1930年に五所川原~金木、翌年には津軽中里までの全線を開業しており、金木出身の太宰治の小説にもこの鉄道に関する記述があります。それに因んでこの鉄道を走る新潟鐵工所NDC18m級の津軽21形には「走れメロス」の愛称が付いています。

2024.3.4

津軽五所川原 - 十川



津軽鉄道ではタブレットや腕木信号機が現役で使用されており、津軽五所川原駅の近くでそれを見ることができます。
写真の列車は冬季に運転されているストーブ列車で、本来はDD352というロッド式のディーゼル機関車が先頭に立っている筈?だったのですが、車齢60を越える老朽機でもあることからこの日は不調のため運休になってしまい、鉄道写真的にはいささか残念ですが津軽21形が代役を務めることになりました。

2024.3.5