第5章〜洪水に向かいて 



 《梅雨明け最速》

  小豆栽培のほ場は6月10日現在、13haすべて2回目の深耕運そして畝高30cmの3回目

  耕運で高畝仕立にして、水引・乾燥を促す梅雨対策を完璧に完了していた。

  梅雨の合間好天が2日続けば播種をし、梅雨明け1日でも早く播種をするための
 
  我が独自の工程である。

  令和4年6月28日。2日続きの好天日に、水呑村1.7haの播種を明日からやろうと決めた。

  普及センター技術陣には「まだ早い」と言われた。

  蒔ける時に撒いておかないと、例年7月20日梅雨明けを待って居ったのでは播種時期

  8月5日は過ぎてしまう。 明日から蒔きますと伝えて退出す。

  6月29日早朝6:00よりトラクターが畝崩し耕運(4回目)に先発稼働して、

  7:00に播種機をセットした大型トラクターを搬送。

  小豆種・肥料を入れて準備OK!出発進行!







  
   先導畝崩し 後追い播種機の稼働が始まると近隣農家の人々が群れとなっての見学風景。

  1年ぶりの播種作業にもスタッフはてきぱき作業で夕刻には予定通り80aの播種を終えた。

  6月30日90aの瑞穂大納言小豆播種作業を終えた。

  同日気象庁発表《梅雨が明けた模様》 観測史上最速記録と。

  これで今年の播種は余裕をもって行えるなって俺は安堵した。

  7月1・2日と遅れていた草刈り作業。

  この草刈り2日間を播種作業に組んでいたら・・・洪水被害に。

 
《7月3日13:30洪水発生》

   7月3日は朝からシトシト雨が降っていた。

  俺は播種計画の工程に余裕を持って取り組んで居た。

  正午頃から雷鳴が聞こえて来て、スマホに警報発表・避難情報が入り続けて、弱い夕立風

  からいっきに時間雨量80mm越えという恐ろしいような豪雨が1時間は続いたろう。

  4年前の7月豪雨は長時間の降雨だったが、今回は全く違う降り方だ。

  そんな事を考えながら居ると、ふと思って顔冷めた。

  「河川には水稲の為に堰堤が組んである」

  豪雨による一気水だ!  溢れる!溢れる!溢れる!!

  午後1:30 ほ場近くの住民から洪水の知らせが入った。

  『美しいほ場いち面が大洪水ですよ〜〜っ!』

  1時40分カメラを持って出動す。








   道路の冠水で通行出来ないところもあった。

  到着すると大洪水の濁流で被害状況が皆目わからない。

  見えたのは2mの獣害柵が50cm程度見えているだけが洪水高の予測状況であった。

  夕刻からは、資材・機械の手配。過去3回の災害が甦る。

  獣害柵の金網250m ワイヤメッシュ800m  漁網ネット2,000m  ショベル2台  2tダンプを手配。

  明朝の被害状況を見るのが怖くて・怖くて、怖くて・怖くて・酒も欲しくない・食事も喉を通ら

  ない・脱力感に支配された俺が居た。

  それでも、世話になっている方々には報告の義務を果たそうと、京都府 ・町役場 ・

   日本公庫等8者へ洪水状況画像を添付してメール送信を終えた時には日付が変わっていた。


 《厚情に感謝》

    7月4日

  早朝に京都府振興局課長より励ましのTELを頂く。

  嬉しかった! 有難かった!

  俺の瞼からポロポロ〜ポロポロ・・・眼に洪水が押し寄せて止まらなかった。

  実に実に御厚情ありがたう御座いました。

  さらに、各方面に洪水被害を共有しろって旗を振られたこと、後日耳にして大いに感動せり。

  またまたポロポロ濡らし涙もろくなった俺を知る。

  京都府課長からの励ましTELで勢いを以て被災ほ場の巡回。








  まだ水が引かず池になっているほ場もあり見るも無惨な状況に愕然とす。

  5月25日に植えた紫ずきん2号  3号  黒大豆の50aは摘心も済んで順調だったが、

  肥土が流出して河原の砂利と入れ替わっていた。泥んこ枝豆は数えるほどだったが、

   それでも獣害柵は臨時ネットを設置した。足下は膝上を越える難作業だった。

  小豆用ほ場では2人では抱え込めない丸太があちこちに流入、獣害柵のネットは3,000m

    流出して何処にも見当たらない。

  ワイヤメッシュの800mは倒されてゴミに沈んでいた。

  2mの金網は200mが折れ曲がってゴミを被っている。

  ほ場では、梅雨対策に準備しておいた高畝がフカフカ土壌の為に肥土流出と砂利流入が

    2ha。

    夜に被害状況をまとめて、復旧設計書に取り組む。

  出てきた金額は5,390,000円也。 

  それも目測概算である。実施になると30%は越えるであろう。

  次に工程表の作成に取り掛かる。

  俺の思考力が留まった。

  これじゃぁとてもじゃないが小豆の播種には間に合わない。

  どうする? どうする?   どうしよう? どうしよう?


 《辛抱・我慢》

  【辛抱】とは辛さを抱えて立ち止まっている状態を言うのであろう

  それでは何も進まない・何も解決しない・問題が通り過ぎるのを【待つのみ】の全受身だ。

  我慢も同意語か。

  災害復旧に対しては辛抱・我慢は屁の突っ張りにもならない。

  これでは何等解決はしない!するはずがない!


 《目標・目的》

  俺は目標に向かうと、血湧き肉躍る程に戦う気力が沸いてくるが・・・

  災害復旧に対する【目標】は・・・何ら沸かなかった・沸いてこなかった。空白だった。

  【目的】に向かい合った。

  戦略 戦術 戦法 戦具の論理からすると、目標があっての目的ではないか。

  俺の目標は王道を行く小豆王だ。

  しからば当面の目標は俺が惚れてる赤いダイヤの瑞穂大納言小豆の播種であろう。

  そのため、まずは15日間で播種可能状態にする事を目的とし、赤いダイヤを土壌に育む事だ。

  災害復旧では短期勝負の戦う気力が勝利を握る。

  辛抱で目的へ辿り着ける訳がない。

  我慢で進捗は存在しない・何等解決しない。

  立ち向かう気力・目的に向かう気力こそが難局を打破して目標に近づくのではなかろうか。

  そんな挫けそうな迷いの中で俺を元気にさせたのが京都府課長の厚情有る今朝の励まし

    だった。

  勇気を持って工程作成の見直しに取り掛かかり骨格を決定した。

    1,小豆の播種のみに照準を合せて復旧判断をする。

    2,獣害柵は仮設・応急的復旧とし、費用は問わない。

    3,肥土流出多量のほ場40aに関しては時間切れで今期は捨てる。

    4,砂利流入の均しと肥土搬入を同時に当社と応援建設業者で着実に1ほ場ずつ

            仕上げていく。

   以上を基本工程として一途に・唯・唯・一途に小豆播種の予定日7月20日を目指すことに

      した。


 《戻り梅雨  〜  播種遅れ》

  7月5日から5日間、ほ場のゴミ撤去作業に追われる。足下の湿地状態に難渋す。

  7月10日より24日迄、再三の雷雨に加えて連日の雨 雨 雨。戻り梅雨である。

   日増しに焦りが昂じて来ていたが、20日頃には『お天道様には叶わない』ほ場が

   乾かなければどうしようもないって思うと気が楽になり、スタッフに怒鳴り散らしていた俺が

   仏の俺になった。

  ほ場が乾き出したのが7月25日。

  獣害柵の仮設や復旧が遅れているほ場が60a。播種期間中の雨天日と乾燥待ち日に施工

   する事にして播種再開に漕ぎ着け、播種適期をすでに6日も過ぎていた7月26日。


 《播種遅れを短縮考》

  思えば2年前、令和2年の梅雨明けは7月29日 播種は7月31日がスタートだった。

  播種終了は8月12日栽培規模は9.4ha。 今年は40%増の13ha。

  播種終了までの18日間で夕立3回・雨天2日・ほ場乾燥待ち延4日を挟んで、終了したのが

   8月12日。

  一日の工程

        5:30 トラクター回送           6:00  畝崩し始動 

         6:00  ブームスプレヤ回送         6:30 土壌の夜露状態が適期の除草剤散布始動

         6:30  トラクター・播種機回送    7:00    播種始動

                                  19:00     播種終了

  通常の播種1日当たりの稼働面積は80a/日(7.3a/時間)。

  その稼働率を90a/日に稼働設定したのが播種期間短縮案に貢献したと自負する。

  考案してスタッフの了承を得た内容は、昼食支給をして10分で昼食を済ませて即作業開始。

  つまり、50分で6.1a/日の稼働が可能となる。稼働日数×面積/日 = X

  播種実稼働日は11日だったから、11日×6.1a  =  67a。ほぼ1日を短縮した結果と言えよう。

  播種期に於ける1日は、【たかが1日・されど1日】栽培を左右する貴重なる1日なのである。

  播種機のトラクター60PSはキャビンのクーラー付きだが、畝崩しのトラクター45PSはキャビン

  無しの6年モノ。

  俺はボンネットからの熱風を受けながら・直射日光下では5℃アップ+気温と言われる40℃

    での作業となり、日中の尿意は一切無く汗に変わっているのだろう。

  スタッフと交代しながら操舵する。暑さの苦痛に年々堪えている俺が居た。

  しかし帰宅した俺は、誰にも勝る 『旨い!!!』 ビールを口にして一刻の至福と・

  遣り抜いた満足感に浸る俺だった。








 《スタッフに感謝》

  思えば7月3日以降、雨天構わずの朝夕無しの連続勤務にスタッフの盆休み3日を与えたか

  ったが、スタッフ自らが『獣害柵が出来ていない箇所を発芽までに終えておかないと鹿餌食

  になる。播種が無駄になる』って・・・結局お盆休暇も与えられない過酷な暑中作業となった。

  休暇を与えられたのは8月20日の1日のみになってしまった。

  我がスタッフは実に実によくやってくれた。

  俺の惚れた瑞穂大納言も礼を言ってるぞ〜! 聞こえるか〜!


 《振り返りて》

  未だに洪水の片付けや復旧をせずに投げ出している農業法人を見かけて思う。

  奴等はただの百姓以下だ。小農家を食い物にして胡座を組むしか【脳の無い農業者】だ。

  俺は農業という職種を【事業】と捉えて【経営】をしているんだ。

  その事業に俺は真から【命と財産を賭けて】一生懸命考え・行動し・目標に挑戦している。

  年々老齢を感ずる俺だが、【人生最終章の挑戦】に血湧き肉躍る俺を充分に愉しみたい。

  さぁ獣害柵の本格復旧だといきたいが次から次へと赤いダイヤの管理作業が待っている。

  畝間の中耕に追われ・除草剤散布・摘心   液肥 の散布で黄色の小豆花開花の次には

  殺虫剤3回散布が待っている。

         
 晩秋には
                       恋する赤いダイヤの黄花に
                                  また会おうぞって楽しみにしている
                         俺が居る。